Blog: 命を選ぶ

11月になり2018年もあと2ヶ月になりました。

正直に言うと今年一年は私にとってとても辛い年でした。

義理のお父さんが倒れてから義母さんと義姉さんのガン、一緒にミニストリーをしていた友人は脳卒中に倒れ今もまだ目を覚ましていません。

私自身も聴覚に障害を患い、歌うことができなくなる覚悟をしないといけないと深く考える時もありました。体も心も疲れて、なんだかモヤモヤした日々が多かったように思います。

大変だったことを振り返りながら今の状況を考えてみると感慨深いものがあります。 クモ膜下で倒れた義父さんは奇跡のように麻痺も全くなく今は元気に過ごしています。義母さんは骨にガンがあるものの痛みが抑えられ自宅で過ごすことができています。義姉さんも今回のことがきっかけでイエス様に頼って生きたいとの思いが与えられ、手術も心穏やかに迎えることができました。私の耳も神様の憐れみによって今は完治したと言っていいほど随分良くなりました。

この10ヶ月を振り返りながら、この御言葉が頭に浮かんでいます

「わたしは、きょう、天と地を呼んであなたがたに対する証人とする。わたしは命と死および祝福とのろいをあなたの前に置いた。あなたは命を選ばなければならない。 」申命記30:19a

神様は私たちの前に命と死を置かれます。祝福とのろいを置かれるんです。「え、命だけ置いてよ!」って思いませんか?「ちょっと神様、のろいなんてわざわざ置かないで祝福だけ置いてよォ!!」って思うのは私だけでしょうか(笑)

でも不思議なことに神様って、私たちの前に「死」や「のろい」のような悪いことが置かれるのを許されるんです。私は「あぁ、死が、、のろいが、私の前に置かれている…」とそれらを見つめる時間が長かったように思います。そしてその横に置かれている祝福や命に目をとめることができませんでした。自分を奮い立たせ、なんとか切り抜けようと自分なりに一生懸命やっていたのですが今振り返れば一人で戦わなくても良い戦いをしていました。そして自分の頑張りだけではだんだんと的からずれていってしまうことに気づくことができました。

「見よ、わたしは、きょう、命とさいわい、および死と災をあなたの前に置いた。 すなわちわたしは、きょう、あなたにあなたの神、主を愛し、その道に歩み、その戒めと定めと、おきてとを守ることを命じる。それに従うならば、あなたは生きながらえ、その数は多くなるであろう。またあなたの神、主はあなたが行って取る地であなたを祝福されるであろう。」申命記30:15-16

大切なことはそう多くないのかもしれません。夫婦関係、子育て、家事、仕事、勉強、奉仕、休息、それにまつわるチョイスや悩みはたくさんあります。やりたいこととやらなくてはいけないことの間で揺れ動き、苦しさを味わうこともあるかもしれません。今書いた事柄は全て大切なことです。でも神様との関係を考えたらどれも二の次です。自分の悩みを拡大して、「さてこの問題に神様はどう介入するだろう」と自分の生活の中に神様を入れ込むという順番じゃなく、「神様との関係がまずある。その後に生活の様々な事柄がある」と言ったシナリオであるべきなんです。神様との関係が土台で、他の事柄はその上に立てていくものであって、建物を建ててからそれがグラついてきたら土台を固めて乗せるのではないのです。

そんな当たり前に思えるようなことでも日々の生活に追われていると実践できてないことに気づきます。でも気づいたら丸儲けだと思っていいのではないでしょうか。「なんでこんなことができていなかったんだ…」と嘆くより、「あぁ愚かさに気づかせてくれた神様アリガトーーーーございます!!」と感謝の賛美をしてまた土台作りに励めばいいんです。起きては転んでまた起きてですが、そんな私を愛してくださる神様に感謝です。

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